経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

"経済のわかる大人"とは

アメリカでは高校生の時から経済学を勉強します。Council for Economic Educationの2018 Survey of the Statesによれば、2018年現在、25の州において高校が経済学の授業を提供することが義務付けられており、22の州においては経済学の履修が卒業の必要条件となっています(さらに最近では、金融教育の重要性が認知されるにつれ、個人金融(Personal Finance)の授業の必修化が進んでいます)。一方、日本の高校でも、「現代社会」か「政治・経済」が必修ですので、必ず一度は経済について学ぶ機会があるのですが、米国の様に経済学専門の授業というわけではなく、政治分野、倫理・社会分野との混合カリキュラムということになり、米国と比べて必然的に浅い内容となっている感は否めません*1

結果として、日本で普通に教育を受けていると、経済系の学部にでも行かない限り(あるいは経済系の学部に行ったとしても)、経済のことがほとんどわからないまま大人になってしまう訳です。なのに、社会に出た途端に(あるいは就活を始めた途端に)財界の同人誌こと日経新聞を読むことを強いられ、散発的に出現する大人たちの経済談義に対して、さも分かっている様な表情で神妙に頷くことを余儀なくされるのです。中には悪い大人がいるもので、曖昧に頷くあなたを見て、「あ、こいつこの話分かってないな」と気付きつつも、逆にそれに気を良くしてさらにドヤ顔の語りを畳みかけてくる場合すらあります。

しかしどうでしょう。もしもこの様な場面で気の利いたコメントを一言発することが出来たとしたら。周囲の人たちは「お、こいつは経済のことをわかっている奴だな」と一目置き、あなたのことを一人の大人として認めてくれることでしょう。上司はあなたを気に入り、次々に重要な仕事を任せてくれるようになります。そんなあなたに女子社員が熱い視線を向けていることにお気づきでしょうか。営業先のおじさんはあなたのことを信頼し、商談がスムーズに進む場合もあるでしょう。経済について語るあなたを見て奥さんや子供も尊敬の念を深めますので、家庭環境が好転することは説明する必要もないですよね。もはや、経済について語ることは、現代社会において大人になるためのイニシエーションであるとすら言えます。

さて、そんな経済のわかる大人になることの重要性はわかりましたが、そもそも、経済のわかる大人とはどういう状態を指すのでしょうか。ここで僕は、経済のわかる大人としての必要で十分な3つの条件を考えてみました。

  1. 経済の話題について一言コメントが言える
  2. 自信に満ち溢れている
  3. (匿名で)インターネット上で経済の議論をしない

1については、最も重要と思われる部分です。経済のわかる大人とは、周囲からみて経済についてわかっている様にみえる大人でなくてはいけません。そのためには、何らかの発言をすることで、経済のことをわかっていると表明する必要があります。ここで注意してほしいのは、経済のわかる大人になるためには、経済のことを真にわかっている必要はないということです。経済を真にわかろうとすることは、時間の無駄であるという意味において有害ですらあります。まともな大人であれば、当人にとって日本経済や世界経済以上に大事なことがあるはずです。経済のわかる大人であるために重要なのは、それっぽいコメントを言えることだけです。実際、世の中の大人たちの経済談義は、本人たちもよくわからないまま雰囲気で行われていることが大半です。

2も実に本質的な部分です。仮にあなたがFedノーマライゼーションが国際金融市場に与える影響についていかに深い洞察を持っていたとしても、自信なさげな態度でそれを語っては、周囲はあなたのこと経済のわかる大人とは認めてくれません。逆に、いかに大したことないコメントであっても、それを自信満々に宣言することで、あなたを経済について深い知見を持つ人物だと思わせることが可能です。事実、経済に関するコメントを言わなくてはいけない場面では、ほとんど自明とも思える経済的命題を自信満々に宣言することで乗り切れる場合がほとんどです。ここで注意してほしいのは、経済のことを語るときだけでなく、普段から自信に満ちていることが重要だということです。普段自信なさげに過ごしているくせに、経済の話題になったとたん突然早口でまくし立てるのは、単なるイキリオタクです。

3ですが、これは端的に言って時間の無駄だからです。インターネット上で(匿名で)経済の議論をすること以上に不毛なことはないと言えます。経済事象は非常に複雑ですので、自然言語に基づけばあらゆるロジック(ストーリー)を用いてどのような結論も導くことが出来ます*2。そのようなものに対して、SNSや掲示板でのレスバトルに時間を費やすことは、経済のわかる大人の態度ではありません*3

もしあなたが経済のわかる大人になりたい場合、上記の3つの条件のうち、2と3は僕の力ではどうすることもできませんが、もしかしたら1は何とかなるかもしれない。皆さまが経済のわかる大人になれるように、経済の知識ゼロからでも1が出来る様になるような記事を今後書いて行こうかと構想しています。

 

以上

*1:実際、CEEの推奨するカリキュラムをみるとレベルは高いです。特に好感が持てるのは、貨幣や金利といった経済の基礎概念についてしっかりと説明を行っているため、他の内容もそれらの概念を応用しながら理解できるような構成になっている点です。日本の高校の経済分野のカリキュラムがマズいのは、そうした基礎概念をおろそかにしたまま財政政策や金融政策等の応用概念に進むため、ロジックが有機的に繋がらない、単なる各論の暗記ゲーになってしまっている点です。まあ日本の高校の経済教育の現状とか1mmも知らない訳ですが。

*2:逆に、経済学の理論モデルの有用性とはどのような点にあるのか。それは、どのような前提を置いているのか明確化出来る点と、論理展開が数学的操作のみに依るため、演繹の正当性が保証されている点にあります。インターネット上の比較的短い文章でのやりとりでは、どのような前提が共有されているのかといったことも不明瞭ですし、推論方法の正しさを保証するものもないので、往々にして議論が噛み合わず、水掛け論に陥りがちです。

*3:ただし、非匿名で経済談義をすることは、リアルでの経済を語る場合と同様に、経済のわかる大人としてのブランディングの意味合いがありますので、この限りではありません。このほか、真に経済をわかっている人同士であれば、前提が共有されていると思うので議論にも意味はあると思います。