経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

Supply-Side Liquidity Trap

ネットサーフィンをしてたらみつけて読んだのでメモ。コロンビア大のCalvoのノートです。

LIQUIDITY DEFLATION: Supply-Side Liquidity Trap, Deflation Bias and Flat Phillips Curve, January 22, 2018

別にこういう論文を探してたわけでもなんでもないんですが、個人的には、"Supply-Side Liquidity Trap"みたいに何か新しいタームを作られるとそれだけで興味をそそられてしまうので、上手い感じに造語するのが重要なのだなぁ(相田みつを風)。

 

流動性の罠といえば、ケインズ流動性選好説の重要な帰結の一つであり、金利がある程度低下すると流動性需要の利子弾力性が無限になるのでいくら中央銀行流動性を供給してもそれ以上金利を下げることが出来ず、金融政策が無効となる状態のことです。Calvoはこれを需要要因による流動性の罠ということで、Demand-Side Liquidity Trapと位置付けます。

一方で、このノートでは、中央銀行が貨幣をいくら供給しても、Liquidityを増やせない状態が存在すると考え、これによって金融政策が効果を発揮できない状態をSupply-Side Liquidity Trap、そしてとこれによって生じた流動性の不足によるデフレ的傾向をLiquidity Deflationと名付け、分析しています。決定的な仮定は、貨幣市場の均衡式(LM式)を、

M+Z(M)=L(i,y)、 Z'<0 …(1)

とする点です。通常のLM式と違うのは、Z(M)という項があることですが、これはMの減少関数となっており、左辺は貨幣M(あるいは安全資産)を増加させてもZの減少がそれをオフセットするため、トータルの流動性供給量は増やすことが出来ない、という構造になっています。では、Zとは何なのか。それは、貨幣の負の外部性を表しています。ここでは、貨幣には負の外部性があり、貨幣を増やせば増やすほど、貨幣の流動性としての質が低下していくことを想定しているのです。ケインズの一般理論に記されたIS-LM分析においては、貨幣供給量とその流動性としての質は独立であるという暗黙の仮定が置かれていますが、この定式化はその仮定を緩めたものです。

貨幣の負の外部性を正当化する直感的なストーリーは例えば次の通りです。ショッピングモールに行くことを考えると、貨幣を保有することは買い物にかかる時間を減らす効果があります(流動性としての価値)。しかし、どれぐらい時間を減らすことが出来るかは、他の客の貨幣保有量に依存します。みんながたくさん貨幣を保有すると、レジにたくさん人が並ぶので、時間を減らす効果は低下します(負の外部性)。あるいは、米国の大恐慌の時の例を考えることも出来ます。安全資産である米国債が担保として使用されているもとで、米国債の供給を増加させようとしても、それが政府の徴税能力の裏付けを上回って供給されるもとでは、担保としての価値が(ヘアカットされて)減少してしまいます。この様なもとでは、政府は流動性の供給量を増加させることが出来ないのです。

さて、LM曲線に関するこのような仮定の下で、Calvoは次の様なシチュエーションを考えます。

M+Z(M)< L(0,yf)、 1+Z'<0 …(2)

yFは完全雇用の生産水準です。1+Z'が負なので、Mをいくら増やしても流動性の供給量は減少してしまう状態です。この状態で、流動性の最大供給量が完全雇用の生産水準に必要な流動性供給量を下回っているので、いくらQE流動性を供給しても、完全雇用は達成できない訳です。このような金融政策の無効性を指してCalvoは供給要因の流動性の罠と名付けています。残念なことに、このような状況では拡張的財政政策すら無効となります。なぜなら、総需要を増加させようと財政を増加させても、それに必要なだけの流動性がないので、単に他の需要をクラウドアウトするだけだからです。

さて、ここまでは静学的な設定でしたが、動学論に拡張していきます(書くのが面倒なのでもとの定式化をさらに簡略化して書いてます)。Xtを流動性保有量として、

Xt = Mt + Zt …(3)

と定義します。MとZは静学の場合と同じです。そして、Ztに関しては、

dZt/dt = γ(lnX* - ln Xt) …(4)

と定義します。X*は天から降ってきた定数です。(3)、(4)から明らかな様に、ZtはX*に収束していくための誤差調整項の役割を果たすわけです。γは調整速度になります。つまりX*を超えて流動性を供給しようとしても、Ztの効果で、流動性の質が減少していくことでトータルの流動性供給量が徐々に減っていくモデルになっています。ここで、先ほどと同様に、X*が完全雇用における流動性需要量よりも小さい場合を考えます。すると、このセッティングからだいたい結論は明らかなのですが、このような経済ではマネーサプライの成長速度よりもインフレ率が低く(デフレーションバイアス)、フィリップスカーブもフラットな状態になります。

 

感想。現実的に(1)の仮定がどれだけ妥当なのかはという問題はありますが、みんながたくさん安全資産を持ってると、安全資産の流動性としての価値が低下するっていうのは(少なくとも短期的には)ロジックとしてはありえそうです。あと、もう一つ思うのは、需要側流動性の罠に関しては金利がゼロ近傍にあれば、流動性の罠にはまってるのは明らかなわけですが、供給側流動性の罠に関しては、本当に流動性供給の限界によって経済がバインドされてるのかというのは、単純なオブザベーションによっては判断しようがないと思うのですが、どうなのでしょうか。いずれにせよ、この議論がそんなに流行るかは謎です。

 

あと、これもはやこの論文と何の関係ないんですけど、読んでて頭の中で(語感として)連想したのは、マネタリーベースをいくら増やしてもマネーストックが(マネタリーベースの増加ほどは)増えないという日本の現状です。誰かこれをモデル化してくれ。

 

以上