経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

(日銀統計)家計保有の投信が30兆円少なかった件について

日銀が公表してきた資金循環統計が改訂され、家計保有の投信の残高が30兆円下方改訂されたことで、これまで「貯蓄から投資へ」という掛け声のもとで家計の投信へ投資が増加傾向にあると思われていたところが実は家計の投信残高がピークより減ってることが明らかになって話題になっています。

mainichi.jp

巷ではこれは安倍政権に忖度した結果なのではないかとか逆に安倍政権を陥れるための日銀の陰謀なのではないかといった憶測も流れていますが(?)、生粋のノンポリの自分としては単に技術的な問題の様にも思えます。

いずれにせよ、資金循環統計は非常に重要な統計の一つであり、自分も仕事でたまに使うこともあってちょっと気になったので、何が起きてるのか一次資料にあたって簡単に確認してみました。その内容を手元メモがてら記録しときます。

 

 細かい議論に入る前に、おおざっぱに何で30兆円減ったのかを一言でまとめます。要は「家計の投信残高は、世の中全体の投信残高から家計以外の保有額を差し引いて推計しているが、今回新たに推計しなおしたら家計以外(具体的にはゆうちょ銀行)の保有額が意外と多かったので、結果的に家計の残高は下方修正された」というものです。以下はより詳細な内容なので、興味のある方はご覧ください。

 ========

ここからは統計作成上の技術論に入るのでややマニアックです。資金循環統計は奇跡的とも思えるような情報量を持つ偉大な統計ですが、全ての数字が直接的に得られるわけではなく、様々な基礎データや仮定に基づいて推計によって得られている数字も多いのです(特に家計についてはほぼすべて推計でしょう)*1。その推計値がどうして変わったのか、今回の統計の改訂の背景を日銀公表資料から読み解いていきましょう。

以下の引用は資金循環統計の改定値の公表についてという日銀のリリースからです。

f:id:neehing:20180726050945p:plain

つまり、先ほど述べた通り、大づかみに言えば家計の投信の保有残高は、世の中に存在する投信の全体の残高*2から、金融機関、政府、事業会社、海外投資家といった家計以外の主体が保有している残高の額を差し引いた残りとして推計しているということですね。

f:id:neehing:20180726050952p:plain

上の文章によれば、今回の改訂においては、この家計以外の残高の推計を変えたということです。変えた点は2点です:①中小企業金融機関の推計を見直した、②ETFREITについて統計を新たに使うことにした。

②については東証の当該統計を確認すると30兆円と比べるとほとんど塵芥のようなオーダー(高々数十億円程度)なので無視していいでしょう。改訂の本丸は、①の中小企業金融機関の項目です。

中小企業金融機関とはなんじゃらほいという感じですが、日銀資金循環における定義は、信用金庫、信用組合労働金庫ゆうちょ銀行などが含まれています。毎日新聞でも指摘されている通り、今回の改訂ではゆうちょの投信保有残高を見直したものと思われます。見直した内容ですが、日銀公表資料によると「財務諸表において国内籍投資信託とみなすべき商品がより広範囲に及ぶことが判明したため、これを反映させた」とのことですが*3、要は、家計以外の残高に含むべきゆうちょの投信保有残高が思ってた以上に多かったということですね。確かに、ゆうちょの有価証券報告書を確認すると、投信の保有残高が39兆円となっていて、額のオーダーも符合します。

ここで、国内籍投資信託の定義を確認してみましょう(三菱UFJ信託のサイトから引用)。

外国の株式・債券等で運用する投信でも日本で設定されたものは「国内籍投信」 

外国籍投信 - 用語集

なるほど。ちなみに、有価証券報告書にも記述があるとおり、ゆうちょ銀行の保有する投信は、近年の国内の超低金利の影響もあって主に外国債券だということです。この二つの事実を組み合わせて名探偵コ〇ンくん並の推理力を働かせると、一つの仮説がひらめきます。真実はいつも一つ!

日銀アホ仮説:日銀が「ゆうちょの投信はほとんど外債の投信だから、国内籍投信じゃないよね!」と思っていた。

 否、天下の日銀様がそんなアホな間違いを犯していたとは思えないです。ので、恐らく何らかの別の理由があるのでしょう。

というかそもそも、ゆうちょ銀行の一般公開資料(有価証券報告書)だけでは、保有している投信が国内籍なのか外国籍なのかまではわかりません。ということは、これは憶測にすぎませんが、日銀はゆうちょ銀行(やほかの金融機関たち)からそうした詳細な内訳がわかる資料を追加的に入手しているか、あるいは何か別の方法で内訳を推計しているものと思われます。

今回の改訂にあたって起きたことは、「ゆうちょ銀行から新しく詳細な内訳データを入手したところ、今まで推計していた部分と実体が大きく乖離していた」か、あるいは「本当に日銀がこれまで何かを間違っていた」かのいずれかというのが実情ではないでしょうか。毎日新聞が報じている様に本当に日銀の誤計上でありミスであるのかは、公開情報だけではわかりませんね。

以上が今回の資金循環統計の改訂で起きていることです。

 

最後に、新しい資金循環統計のデータも本当に正しいのかについて検討していきましょう。統計に疑義が生じた場合は、他の統計と照らし合わせてお互いの整合性をチェックするのが常道ですので、今回は同じく日銀が家計にアンケートをとって作成している「家計の金融行動に関する世論調査」の一世帯当たりの投信保有残高(時価ベース)*4の時系列データをチェックしてみましょう。

f:id:neehing:20180726050315p:plain

こうしてみると、新しい資金循環統計は、アンケートベースの投信保有残高の推移と(少なくとも増え方のトレンドとしては)割と整合的であることがわかります*5。アンケートベースの調査の方も、旧資金循環統計のような急峻な伸びは示していません(改訂前の古い資金循環のデータが手に入らないのでグラフは書いてません。お手数ですが日経の記事等のグラフを参照してください)。

これだけをみると、家計の投信保有残高は思ったほどは増えてないというのが真の姿である可能性が高いように思われます。(本当は家計調査等のもっと固そうな統計と並べた方がいいのかもしれませんが面倒なのでやりませんので、興味のある方はお願いします。)

 

以上

 

P.S. 書いてて思いましたけど、日銀の話題だったらむしろ先日から話題になってる金利目標柔軟化に関する話題の方が重要でしたね!

*1:まあそもそも、全数調査を除くあらゆる統計が推計値なわけですが…。

*2:ただし、家計が保有しえないタイプの投信、例えば機関投資家向けの私募投信などは含んでません

*3:ここで、国内籍だろうが外国籍だろうが投信を保有してることには変わらないのに、なんで国籍が重要なんだろうという疑問がわきますが、「資金循環統計の作成方法」を読む限り、実は両者に関する家計の保有残高については別の方法で推計されている様です。考えてみれば当然で、ここでいう投信の全体というのは国内籍投信のみの残高なので、外国籍投信まで含めた残高を差し引きしてしまうと"引き過ぎ"なのです。ちなみに家計の外国籍投信の保有残高については、国際収支統計の対外金融資産残高等を用いて推計しているようです。

*4:調査票には「時価〈現在の相場〉で記入してください」とあるものの、「不明なら額面でもかまいません」との記述もあるので、どこまでちゃんと時価ベースになっているかは不明です。

*5:ただ、全体の合計額が合わないのはどうなんでしょうか…?日本の世帯数をざっくり5000万世帯とすると、5000万×70万円=35兆円で、資金循環統計の70兆円の半分しかないのですが。まあ、アンケート調査の方が投信保有額の大きい富裕層を取りこぼしてるということですかねえ。