経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

The Lives Of Others(善き人のためのソナタ)

昨日視ました。英語の勉強と思って視たら、今度はドイツ語だったのでまたビビりました。

この映画、個人的には本気で良い映画だと思ったので、英語字幕で視たことを後悔しました…。いまいちちゃんと理解しているか不安です。日本語字幕でもう一回視るレベル。とりあえず以下すべて完全にネタバレなので、まだ視てない人にはぜひこの記事を読む前に視てほしいというか別に映画を視ればこの記事を読む必要はない

 

あらすじ(ネタバレ込み)。舞台はベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。主人公は秘密警察Stasi(シュタージ)の工作員であるヴィースラー。彼はスパイ活動や尋問において高いスキルを持ち、社会主義に忠誠を誓っている。その理想のためには非人道的な尋問も辞さない。彼が今回与えられた任務は、反体制と疑われる劇作家のドライマンとその恋人で女優でもあるクリスタを24時間監視し、反体制的であるという証拠を掴むこと。当初は忠実に任務を遂行していたヴィースラーだが、この任務を通じて、自分の理想とは乖離した体制の幹部たちの身勝手さを知り、また盗聴を通じて二人の監視対象者の人間らしい生き様、あるいは芸術家としての生き様を知ることで、徐々に心動かされていく。ある日、ドライマンの友人の芸術家が、体制の弾圧が原因で自殺をした。ドライマンは悲しみに暮れながら、彼がくれたピアノ曲の譜面「善き人のためのソナタ」を自宅のピアノで演奏する。ヴィースラーは、その曲を聴きながら、感動のあまり監視室で一人涙を流すのだった。ドライマンはリベラル派だが、体制に対しては比較的穏健派だった。しかし、友人の自殺を機に、反体制の行動を起こすことを決意する。それは、数年前から国が秘匿するようになった自殺の件数に関する記事を匿名で書くことだった。この記事が出版されたことで政府は激怒し、かならず犯人を見つけ出すようにシュタージに命令する。ヴィースラーは、二人を救うために虚偽の報告を行う。しかし、ドライマンの恋人クリスタは、薬物所持の容疑で拘束され、女優としての今後の人生のために、記事を書いたのはドライマンであると証言し、証拠となるタイプライターの場所も白状する。ヴィースラーはそのライプライターも隠蔽したため、結局ドライマンは潔白となる。しかし、クリスタは自責の念から自殺し、それを目の当たりにしたヴィースラーは、「死ぬ必要はなかったのに」と呆然とする。ヴィースラーは非常に優秀だったため、これらの隠蔽活動の証拠はなく、責任を問われることはない。しかし上司は疑いの目を向けていたため、彼は閑職に追いやられる。時は過ぎてベルリンの壁が崩壊。ドライマンは、自らがどのように諜報活動をされていたのかを情報開示請求する。そこで、HGW XX7というコードネームの工作員が、自分をかばっていてくれたことを知る。それからしばらく後のある日。チラシのポスティングの仕事に身をやつしたヴィースラーは、書店でドライマンの新著「善き人のためのソナタ」という本が発売されていることを知る。ページをめくるとそこには、「感謝を込めてHGW XX7に捧ぐ」と書かれていた。

 

繰り返しますが、本気で良い映画だと思いました。良いと思った点、なかなか現段階ではまとめずらい(もう一周ぐらい視て整理したいところ)ですが、とりあえず以下の通りです。

まずは主人公ヴィースラーの人間臭いところですかねぇ。というか、誰しも人間臭い面はあると思うのですが、この映画ではそれをドライマンとクリスタという真逆の人間像とのコントラストから浮彫にすることで効果的に描き出している、と言った方がいいでしょうか。ヴィースラーは見た目は生真面目でクスリとも笑わないザ・ドイツ人て感じの人です。仕事一筋で生きてきたから家族も恋人もいません。彼は盗聴でドライマンとクリスタの愛と人間味溢れる生活を目の当たりにする訳ですが、仕事から帰るとガランとした殺風景な家でテレビをみながら一人寂しくクソ不味そうな飯を食ってるんですよね。このシーン、彼は無言で無表情なのですが、画面から滲みでる雰囲気が、彼の心に潜む寂しさを語っているんですよね。それにこの人、職業人としてはかなり優秀ですが、ドライマンとクリスタの愛に満ちたセックスを見たあとにデリヘル呼んだ上、「もう少しいてくれ」と粘った挙句断られてしまったり、なんとも言えない不器用さもあるのです。かと思えば、ドライマンたちの反体制活動を察知したときは「今回だけだぞ…!」とか何となくツンデレっぽいセリフを吐きながらその記録を隠蔽したりします。そうした、ダメな面も含めた色々な人間臭い側面を備えつつ、一方で、芸術や他人の生き方に心動かされる面や、結果を顧みず自分の信じたことをやり遂げようとする面など、善き人たる条件をしっかり兼ね備えているからこそ、魅力のある人物像になっているのだと思います。

次に、印象的なシーン・セリフが非常に多い。挙げていくときりがないです。まず、当然ながら、ヴィースラーが盗聴器で「善き人のためのソナタ」聞いて涙するシーンは美しく、印象的です。他にも、ヴィースラーが、エレベーターの中で、近所の子供が「お父さんがシュタージは悪い人だって言ってた」と言ったことに対し、これまでであれば父親の名前を聞いて拘束するところですが、思いとどまるシーンも、今後の彼の行動指針を決定づけるという意味で印象的でした。また、クリスタが大臣に夜の相手をさせられに行くときに、ヴィースラーが単なるファンを装って呼び止めて、行かない様に説得するシーンも、え、介入するんかい!と驚きました。そこでのセリフ回しもなかなか興味深く、ヴィースラーが「audienceがいることを忘れるな」という発言をするのですが、これは表面上の意味では「ファンがいることを忘れるな」、という意味ですが、真の意味としては、「(あなたの生活を盗聴している)audienceである自分は、あなたの生き方に共感しているのだから、それを曲げるようなことはしないでほしい」ということだと解釈しました。それに、このシーンで、真摯に説得するヴィースラーにクリスタが「あなたは善い人(a good man)ね」というシーンがあるんですが、このセリフだけですべてを了解できるほんとにいいセリフだと思いました。ついでにこのシーン、バーで机を挟んで行われるのですが、さらにシビれることに、終盤の方で、今度はヴィースラーが尋問官としてクリスタと机を挟んで向かい合うことになるんですよね。こういうのめっちゃ好き。また、ベルリンの壁崩壊後にドライマンがヴィースラー(HGW XX7)を探しに行って、見つけたけど遠巻きにみるだけで会話を交わさずに去っていくシーンもグッときますね。会わない理由は色々考えられますが(身をやつしたヴィースラーを気遣ったとか、もともと盗聴する側とされる側だから会わないのが適当だと判断したとか)、結局二人は一度も会話を交わすことなく、本の献辞で感謝の気持ちを伝えるというかっこよすぎる展開。そして何より最高の視聴後感を与えてくれるのが、最後の本屋のシーン。「善き人のためのソナタ」をレジに持って行ったヴィースラーが、「贈り物用に包みますか?」と聞かれ、「いや、それは私のための本だ」と答えてエンドロールなのですが、お前これやりたかっただけやろ的な最高のシーンですね。この時のヴィースラーの表情がまた絶妙なんですよ。ずーっと無表情のヴィースラーは、この瞬間も普通に店員からみれば無表情なんです。でも、二時間以上ヴィースラーをみてきた僕たちは、この時の表情の微妙な変化、すなわちヴィースラーの喜びや誇りのような感情が読み取れてしまうんですよ。まるで長門有希ちゃんの表情を読めるようになったキョンくんのような心境ですね!

さらに言えば、主題が良い。主題をちゃんと捉えられているか知らんけど。「善き人のためのソナタ」を聞いてヴィースラーが涙を流すシーンに象徴されるように、芸術は人の生き方を揺さぶる、という主張は含まれているでしょう。実際、このシーンでドライマンが、「レーニンはベートーベンのソナタを、『これを聴くと革命が出来なくなる』と嫌ったという。この曲を真に聞いた人は悪人にはなれない。」といってますしね。ただ、私としては、それも含めて、他人の生き様がほかの人の生き方を揺さぶるというより大きい方に解釈しました。ストーリー的にも、芸術という面のみならず、ヴィースラーはドライマンとクリスタの生き方そのものに共鳴しているように思えますし、何よりタイトルが「独: Das Leben der Anderen、 英: The Lives of Others」ですし。あとついでに、これは完全に僕の独断と偏見で妄想し過ぎ感あってのちに撤回する可能性も多いにありますが、最後のシーンの僕なりの解釈があります。それは、「"No, it's for me."(いや、それは私のための本だ)」というセリフの解釈です。単純な解釈は、先ほど述べたとおり、献辞に書かれたようにこれは自分のためにドライマンが書いてくれた本だ、という意味になるでしょう。しかし、僕にはさらに隠れた意味があるように思えるのです。この物語で一貫して、ヴィースラーはドライマンとクリスタの生き様を視ているだけの傍観者でした(それであるがゆえにThe Lives Of Others)。しかし彼は、その生き様に共感し、自らの信じる道を歩み、様々な代償やリスクを顧みずに行動しました。その結果残ったものは、所詮は他人の物語(The Lives Of Others)なのでしょうか。その問いに対するヴィースラーの答えが、"No, it's for me."だと思うのです。そう、彼は彼で、彼の生き様を、彼の人生を生き切ったのです。善き人のためのソナタという本は、ヴィースラーの生き様の結晶、あるいは人生そのもの象徴のように思えます。そしてそれは、他人のための何者でもなく、彼自身のためのものなのです。

 

視たことない人にはぜひおすすめです(この記事読んだら全部ネタバレしてますけどね)。自分の中でもこの一年間に視た映画トップ10には余裕で入るぐらいの作品です。ま、別にこの一年間で10本も映画視てないですけど。

 

以上