経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

統計学と計量経済学は何が違うのか

大学で経済を学んだりすると、統計学計量経済学って何が違うんだろうという問いにしばしばぶち当たりますよね(?)そこで今回は、統計学と比較したときの計量経済学の特徴について、私なりの理解をここで開陳したいと思います。

先に断っておくと、現代では統計学計量経済学もオーバーラップする領域が非常に多く、境界はより曖昧になっていて、両者を明確に切り分けることは難しいです。ここで述べる両者の違いは、伝統的な(あるいは古典的な)統計学計量経済学のアプローチの違いについて述べたものです。また、両領域のすべてに当てはまる一般原則というわけでもありませんのであしからず。

 

さて、統計学計量経済学の大きな違いは何でしょうか。単純化して言うと、統計学実験結果を解釈するのに用いられる*1一方で、計量経済学実験不可能な事象を解釈するのに用いられる点です。現代統計学の確立者の一人であるロナルド・フィッシャーが提唱した、適切に実験結果を統計処理するための実験計画の要件は以下の3点です:①局所管理化(調べたい要因以外を同じ条件にする。いわゆるコントロール)、②反復、③無作為化。逆に言えば、物理学や生物学などの実験科学においては、このような実験(experiment)が可能であるので、統計学をそのまま適用できるのです。一方で、分析対象が経済となった場合、一般的にはこのような理想的な実験は不可能です。経済を分析する際に出来るのは観測(observation)だけです*2

経済分析が実験科学と異なる最も根本的な要因はこのような実験(experiment)か、観測(observation)かという点ですが、では、この違いが経済分析にもたらす最も深刻な問題は何でしょうか。それは、内生性(と識別)の問題だと私は思います(これがこの記事の結論部分です)*3計量経済学が存在する重要な理由の一つは、内生成にどう対処していくかという点にあるのです*4。実験科学においては、調査したい要因について、外生的に変化を与えることが出来ます。ある薬が動物に利くか調べるときに、実験する側は動物の要因とは関係なく、好きなように薬の投与量を操作することが出来るのです。一方で、経済の場合は、ある経済変数の変化は、その変数が単体で突然変化している場合はまれで、他の変数の変化も影響している場合が多く、外生的な変動を取り出すのは困難なのです(内生性の問題の具体例と、それがどうして問題なのかは、この記事の真ん中の方を読んでください。→財政乗数はわからない - 経済・文化評論室

内生性に対処するために、経済学者たちはいろいろ頭を捻ってきました。代表的なものでいえば、操作変数法やGMM。固定効果モデルも内生性への対処の一つと言えます。VARまでモデルの範囲を広げてみれば、コレスキーオーダリング、符号制約、長期制約…などこれまた様々なショックの識別法があります。そして、重要な点として、こうした識別法の多くは、経済変数同士の因果関係について一定の仮定を置く場合が多いのですが(例えばAはBに影響を与えるが、BはAに影響を与えない、等)、これらの仮定は経済学の理論モデルの結論に基づいて正当化されることが多いです。これこそが、計量経済学理論経済学という領域の近接領域である理由、もっと言ってしまうと、統計学ではなく(広く)経済学の一分野であることの理由の一つなのではないかと思います。

 

以上

*1:当然、実験データの処理以外にも、統計学には社会統計をどう作るかというような古くからの問題意識もあります。ここではわかりやすいように単純化して議論してます。

*2:もちろん、最近では経済実験のような研究が行われたり、ほかにも開発経済学の分野でRCTが使われたりしてるので、実験科学っぽい面もありますよね。

*3:普通に統計学に交絡という同様の概念がありますけどね。

*4:まぁほかにも時系列処理への強い関心とかいろいろありますが…。