経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

米国株下落の背景と金融不均衡

今回の米国株の急速な下落の背景について、なるほどなぁと思ったことがあったので、感想と併せてメモ。

 

そもそものトリガーとされるのは、予想以上に好調だった雇用統計です。ただ、特にリーマンショック以降のFEDの金融緩和期において、景気指標が良いときに株価が下がるというのは割とよくあるパターンですよね。直感的には、景気が良い→株高!という風に動きそうなものですが、マーケットが金融緩和に依存しているような時期では特に、景気が良い→緩和引き締め(今回は利上げペースの加速)期待→株価下落という流れが生じるわけです。

むしろ今回驚くのは、トリガー云々というよりは、ここまでモデレートに良い感じに株価が上がり続けてきたところで、突然大幅に株価が大幅に下げたことでしょう。ここしばらく、米国株は特に大きな振れもなく緩やかに上昇を続けてきました。経済の世界で割とよく使われる言葉でゴルディロック*1(適温)経済というものがありますが、まさにここしばらくは、軟調でなくボラも低く加熱もし過ぎない適度なゴルディロック相場が形成されてきたわけです。

では、今回の急激な下落の原因は何なのでしょうか。

Shorting volatility: its role in the stocks sell-off

https://www.ft.com/content/839c4d5c-0afb-11e8-8eb7-42f857ea9f09

このFT記事に大体書いてあるんですが、あまりマーケットに馴染みのない人(僕も特に馴染みはありませんが)にもわかるようにかいつまんで今回の状況をまとめます。まず、ご存知の方も多いと思いますが市場にはVIXという商品があります。これは、市場(株)のボラティリティ(振れの大きさ)を指数化したもので、VIXを持ってる人(細かく言えばVIXに連動するデリバティブを用いてボラティリティをロングしている人)は"市場が荒れる"方にベットしている状態なので、市場のボラが上がれば上がるほど得するわけです。しかしながら、上述の通り、ここしばらくの米国株市場は低ボラティリティ(かつ低イールド)の環境で推移してきましたので、機関投資家たちは、VIXをショートして、ボラティリティが低い(市場が荒れない)方にベットしまくってきた訳です。しかし、この状況は、ボラティリティが何かの要因でスパイクしたときにフィードバックループを起こします。すなわち、ボラティリティ上昇→ボラティリティのショートポジションを解消する(市場が荒れる方向にベットする)→ボラティリティ上昇...というループが生まれるのです。このループに際して株が売られるので、株価も併せて急速に下がって行きます。こうした急速なボラティリティショートポジションの巻き戻しが起こった結果、VIXはこんな動きをしています。

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 同時に、今回このループが加速した背景に、リスクパリティ投資の役割を挙げる向きもあります。投資家は様々な資産に分散投資を行うので、どういう資産にどれだけ投資するのか(アセットアロケーション)、という戦略が非常に重要です。古めかしい戦略では資産の価格に注目してアロケーションを考えていた訳ですが、リスクパリティ投資では、ボラティリティに注目して投資を決めるのです。ざっくり言うと、トータルのボラティリティの目標を15%としていたときに、株のボラティリティが20%で債権のボラティリティが10%だとしたら、株と債券を50%ずつの割合で保有すればよいわけです。では、今回の様に株のボラティリティが急激に上昇したらどうなるでしょうか?トータルの目標のボラティリティが決まってる以上、株の割合を下げるようにリバランスしなくてはいけません。つまり、株を売るのです。するとさらに株価は下落してボラティリティが上昇して…とまたしてもループが発生しますね。

 

まぁ以上のようなメカニズムがあって大幅に株式市場が動いたわけですが、金融市場のトレーディングとは無縁な人間ではありますが、個人的に思ったことは、どんな状況であっても、放っておくと金融不均衡は溜まっていくのだなぁということです。今回金融不均衡が溜まっていったのは冒頭述べたようなゴルディロックな相場環境です。低ボラティリティで堅調に株価が推移していく…という一見すると理想的で文句が無いような状況でも、積もり過ぎたボラティリティのショートポジションというマグマが溜まっていた、というのは興味深い話です。あえてワンピースのOP(Folder5のBelieveのとき)のセリフ風にいうと、「人々が収益機会を求める限り、市場は決して留まることはない!」って感じですかね(?)監督当局は、たとえどんなによさげな局面においても不均衡に目を光らせる必要がありそうです。

その一方で、今回問題起こしてるデリバティブは結構複雑で、この複雑さが監督を難しくしているじゃないかなぁというような印象も持ちます。上の方の説明では簡単化してVIXそのものを売り買いしているように書きましたが、現実にはトレーダーたちはデリバティブを用いてボラティリティの売り買いをしているのです。今回大暴れしたデリバティブは、クレディスイスが発行しているVelocityShares Daily Inverse VIX Short-Term ETN(通称XIV)と呼ばれる金融商品です。これを買うとボラティリティをショート出来ます。これのデリバティブがどうやって出来ているのか順を追ってみてみましょう。まず、先ほど述べた通りVIX自体は単なるボラティリティの取引できないのですが、株のオプション(これも既にデリバティブ)を使ってVIX先物というものが作られて取引されています。さらに、複数のVIXの先物を組み合わせてVIX短期先物指数という指数が作られます。そして、このVIX短期先物指数のショートポジションをベンチマークに(同じ動きをするように)先物ポートフォリオを組成して、証券化して細切れにしてみんなに売る…という流れです。この記事(The Short Volatility Trade Implodes - A "2018 Flash Crash" Post-Mortem)から引用すると、

In other words, traders were, often unwittingly, aggressively trading a derivative (the VIX futures) of a derivative (the VIX itself), of a derivative (options implied volatility), of a derivative (the price changes in the S&P 500), with each derivative layer adding an element of leverage to the trade.

こういう感じですから。まぁトレードしてるプロにとっては仕組み自体は複雑ではないのかもしれないですけど、マクロでみてリスクがどこにどれだけあるかといったことを見る必要がある監督側からすれば、複雑性が増しているのは間違いないでしょう。ていうか、金融不均衡ってたいていこういう「わけわからんけどなんか今はめっちゃ儲かる」みたいなものを投資家がよくわからずにハイレバでどんどん買ってくから溜まるってイメージなんですけど、リーマンショックの教訓とは何だったのか?感もあります。(とはいえ、今回の件が特にそんな大きな問題になってないのも、リーマンショック後の当局や金融関係者の努力で金融システムのレジリエンスが高まっているからとも言えるので、当然リーマンショックの教訓は生かされているのでしょう。あと、VIX先物等の登場でボラティリティが取引出来るようになったことで、マーケット全体でみてより効率的な資源配分が達成されてることも全く否定しません)。

 

いずれにせよ火曜日になって米国株価持ち直してるみたいなのでよかったですけどね。

 

以上

*1:日本人には全く馴染みがない話ですが、ゴルディロックという少女が3匹の熊の家で適温のスープを飲むとかいう意味不明の童話がもとになっています。