経済・文化評論室

エコノミストであり、物語を愛するヲタクでもある。

日本の輸出製造業はオワコンなのか

(この記事はデータに親しもう!ということで、経済データをあまり見たことのない人にもわかりやすいように心がけて書いてます)

日本経済は外需主導で動くとよく言われます。すなわち、海外経済の回復により輸出製造業が潤い、彼らが設備投資や賃金の引上げ等の支出行動を行うことでその恩恵が内需セクターにも徐々にトリクルダウンしてくる、という構図です。これは、日本が高い技術力を背景に、ものづくりを中心とした経済構造を築いてきたことによるものです。

しかし2000年代以降、新興国が圧倒的なコスト競争力を背景に輸出を拡大し続け、さらには技術面でも急速にキャッチアップしてくるなかで、日本企業は割り負け続けており、日本の輸出製造業はもはやオワコンなのではないかという論をよく耳にします。たしかに、コモディティ的な製品はとうの昔にコスト競争に敗退し、昨今でいえばスマートフォン市場においても日本は事実上既に敗北していると言っていいでしょう。

この記事では、日本の輸出製造業の現状について、実際に世界の貿易のデータをみながらごく簡単に分析していくことにします。たしかにオワコンなのかもしれません。だとしたらどのようなセクターが負けているのか?逆に、希望を持てるセクターはどこなのか?データを見ながら考えてみたいと思います。

今回用いるデータは、国連が提供するUN Comtrade(https://comtrade.un.org/)の世界貿易量のデータです*1。まずは世界との比較の前に、日本のデータだけを用いて日本の輸出の傾向を確認しておきましょう。下の円グラフは日本の輸出に占める各財の割合を示していますが、これをみるとわかる通り、まず一番多いのは資本財(黄、Capital goods)です。これは、工場の生産機械などの生産設備が含まれる項目で、もう少し具体的に言うとファナックの工作機械や東京エレクトロン半導体製造装置などがここに含まれます。次に多いのが輸送機械(水、Transport equipment)で、まあざっくり自動車のことだと思って頂いて大丈夫です。三番目が中間財(橙、Industrial supplies)で、これは製品の材料・部品などが含まれています。以上をおおづかみに一言でまとめると、日本の輸出は生産設備と車が主力、ということです。まあ、イメージ通りですね。

 (図1)

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さて、次に日本だけではなく世界の貿易のデータを用いて、日本の輸出競争力をみていきたいと思います。輸出競争力を図る指標というのは色々と開発されていますが、ここではごく単純に世界の貿易に占める日本のシェアの推移をみていきたいと思います。ただ、実際にデータをみる前に僕の予想を書かせて下さい。

予想:日本の輸出全体の世界でのシェアは、新興国の台頭もあり徐々に落ちている。特に、コスト競争の激しいC to Cの最終製品(白物家電等)はほぼ無くなっているだろう。しかし、日本の主力である資本財と輸送機械は、まだ高めのシェアを保っている。

 では、実際にみてみましょう。図は、カテゴリーごとに日本の輸出の世界貿易におけるシェア(日本の輸出/世界全体の輸入)で、2000年、2010年、2016年の3時点を示しています*2。まず青の2000年の状況を確認しましょう。おお、資本財(Capital goods)と輸送機械(Transport equipment)はともに世界シェアが10%を超えている!両カテゴリーにおいては、日本が高い競争力を持っていということが伺えます。では時を経て、グレーの2016年はどうなったかというと……、資本財のシェアがだいぶ落ちている!が、輸送機械は落ちてるもののまだ頑張っている!

(図2)

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うーん、正直に言うと、予想以上に資本財のシェアが落ちてますね。僕個人の印象では、日本の製造業はB to Cの最終消費財(車以外)はダメだが、B to Bの生産設備は強い!という姿をイメージしておりました。ただし、この資本財(Capital goods)のカテゴリーにはメモリー集積回路等、日本が明らかに割り負けていそうなIT関連部品も含まれてしまっています。なので、これを除いてみれば希望があるかもしれません。そういった分析も含めて、資本財(Capital goods)、輸送機械(Transport equipment)、消費財(Consumption goods)について、一段細かい分類までおりてシェアの推移をみてみたいと思います。

 (図3)

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うーん……。先ほど申し上げたIT関連部品はCapital goodsの隣のParts and accesories...に含まれているのですが、これも確かにシェアは急速に落ちてます。しかし、それと同様に、Capital goods本体もシェアが落ちています……。これだけみると、生産設備もIT関連部品もともにやられてる、ということになってしまいそうです。というわけで、僕の予想のうち、資本財が高めのシェアを保っているという説は外れでした。もっとも、輸送機械の内訳項目をみると、乗用車(Transport equipment, passenger motor)はかなり高いシェアを保っていることがわかります。これは希望の持てる話ですね!割り負けているのは、どちらかというと鉄道・船舶・航空機などが含まれる(Transport equipment, other)のようです。いずれにせよ、僕の予想のうち、輸送機械は高めのシェアを保っているという説は正しいと言ってよいと思います。さて、3つめに、消費財の内訳をみてみると、これもまぁ予想通りですが一番左の耐久財(Consumption goods nes, durable、家電などが含まれる)が特に大きくシェアを落としていることがわかります。まあ実はこれは冒頭述べた通り、もともと日本の輸出に占める割合は大きくないので日本経済への負の影響は限られるわけですが、我々に身近な製品であることもあって、"日本負けてる感"を感じさせてしまう一因かなと思います……。

 

さて、日本の輸出シェアはこんな感じにだいぶやられているわけですが、逆に日本からシェアを奪っている国もあるわけです。そんな国の筆頭であると思われる、中国の輸出シェアの推移を確認してみましょう。

(図4)

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うぎゃーーーー!!って感じにシェアが爆増しています。まあわかってたことですが、データでみるとビビりますね。2000年時点では、財全体でみたときの日本の輸出シェア(約7.5%)が中国のシェア(約4%)を上回っていたにもかかわらず、2010年時点ではすでに大差で逆転されてます(日本:約5%、中国:約10%)。あらゆるカテゴリーでシェアが爆増してますが、特に著しいのは、資本財(Capital goods)です。中国よ、日本から資本財のシェアを奪っていったのはお前なのか(?)。まあここは先ほど申し上げた通り生産設備のみならずIT関連部品も入ってるカテゴリーですので、世界のIT財需要が爆発したここ20年あまりにおいて、IT関連工場が集積する中国がものすごい勢いで需要を吸収した影響も含まれているとは思います。ただ、それのみならず生産設備についてもキャッチアップしてきているのも紛れもない事実であり、日本の主力の輸出産業でこういうことが起きているのは脅威といえるでしょう……。

 

 さて、いったんこれまでのところをまとめると、①日本の輸出の主力は資本財(生産設備)と輸送機械(車)である②これらの輸出競争力をみると資本財は結構やられてるが、車はまだ頑張ってる。ということになろうかと思います。輸出製造業はすでにオワコンか?という問いに対しては、多くのセクターで負けているのは事実ですが、自動車の様に頑張って高いシェアを維持しているセクターもあるので、一概にオワコンと言い切ることはできないというのが僕の印象です。

ただし……今のところ踏ん張っている自動車セクターですが、気になる報告もあり、楽観視はできません。それは、シリコンバレーD-Labというチームが書いた、自動車産業の今後の展開を予想するレポートです。(http://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170404002/20170404002-1.pdf)長いので僕の気になっているところをざっくり要約すると、「カーシェアリングの進展でコモディティ車への需要が高まるほか、自動車の価値がハードからソフトへと移ることで、自動車というプロダクトのモジュール化が進む」という点です。ここで簡単に、プロダクトのアーキテクチャ(設計思想)の種類として東大の藤本隆宏教授が提唱するインテグラル型(すり合わせ型)とモジュール型(組み合わせ型)という二項対立を説明させて下さい。モジュール型というのは、世界中に互換性のあるパーツが無数に存在し、それら(モジュール)を組み合わせることでプロダクトが出来上がる、というようなアーキテクチャを指します。その筆頭として最もわかりやすいのはパソコンです。一方で、インテグラル型というのは、あるプロダクトのための専用の部品を作り、それらを精密にすり合わせて作るようなプロダクトアーキテクチャです。具体例として、インテグラルの要素が強いのは自動車です。そして、日本の得意分野はインテグラル型だと言われています。現在まで日本が世界の自動車産業で高い地位を占めてきたのは、そうした強みを生かした結果なのです。そうであるがゆえに、コモディティ的なモジュール型の自動車のシェアが高まるのであれば、いよいよ日本の自動車産業もヤバいのではないか?という懸念が生まれてくるわけです。トヨタ頑張れ。

 

 さてさて、これまでやや悲観的な話をしてきましたが、注意して頂きたいのはこれがあくまで"輸出"のデータであるという点です。日本企業は、貿易摩擦の解消手段として、あるいは安価な労働力を得るための手段として国内工場を海外へと移管してきました。これは純粋に日本の輸出を減少させ、GDPを減少させますが、日本企業自体の稼ぐ力を落としている訳ではありません。最後に、そうした海外生産移管の結果として、日本企業が海外から受け取る収益が増加していることをデータで確認しておきましょう。下の図は国際収支統計の第一次所得収支という項目に含まれる直接投資収益の受取を示しています(ドルベース)*3。これをみると、日本企業が海外法人から受け取る収益ははっきりしたペースで増加を続けていることがわかります。日本企業はちゃんと稼いでいるようです。今までの議論をすべてひっくり返すようですが、日本企業の工場は日本だけにあるわけじゃないので、日本からの輸出が減った増えただけみてもしょうがないですね!

(図5)

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以上でとりあえず僕のいいたいことは全部ですが、この記事の大きい瑕疵として、①IT分野についてもうちょっとちゃんと見た方がいいのではないかという点と、②資本財のシェアがやられてる理由をもう少し細かくみたほうがいいのではないかという点があるかなと思っています。が、今後の課題ということで今回はこれで許して下さい……。

あと大事なこととして、ここで示したことがすべて真理というわけではなく、いろいろな統計をみていろいろな角度から経済事象をみて、総合的に状況を判断するのが重要です。

 

以上

 

*1:今回は財別のデータをみるにあたって、BEC (Classification by Broad Economic Categories)という分類方法を用いています。財務省の貿易のデータの分類(HS)とは若干異なります。

*2:単年のフレや為替換算の影響が含まれますし、実質ベースの方がいいのではないか等テクニカルな批判はありえますが、とりあえずナイーブな分析ということでお許し下さい……。

*3:ここには海外工場だけでなく、現地企業を買収して現地でビジネスを行った収益なども入ってきます。